るさんちまんこ

私ってほんと天才

フラッシュ!アアー!

原始、女性は実に太陽であった。なるほど。かつて私も太陽と呼ばれたことがありました。
ご存知のように、私の診断名はいわゆる躁鬱病というやつ。世の中には病人と、病気であることに気づかないバカしかいないから、物珍しくもなんともない。が、私は躁状態のときのすがたが、異形なほどに陽気で、大胆で、パフォーマティブだった。もともと派手な外見も手伝って、他人の目を通した私は、まさに太陽のようにエナジーに満ち、光り輝いて、周囲を照らして見えたのだろう。
そもそも鬱のときは外に出ることができないから、表に出ているときは常に躁か、それに近しい状態だった。それなら、周りの評価が「明るく元気な人だ」となるのは、仕方がないよね。


かくして、当時の友人も恋人も、私に「輝く太陽」の二つ名を付与した。元々洗脳されやすく、自己暗示にもかかりやすかった私は、すっかりその気になった。その後どんなに落ち込んでも、誰かを照らして、元気を分け与えることができたのだと考えると、少しは励まされた。この建前とともに、人の上に君臨しているような畏れ多い表象が、ただただ私の気分を良くした。

 

就職活動などという、この国でもっとも愚かで醜い茶番においてさえ、私は太陽になりきった。驚異的な個性の殺傷能力を誇る"就活スーツ"に袖を通すことで精神を蝕まれたけれども、外出しているなら躁だった。どんな状況でも、緊張などしなかった。狂ったようにアクティブな振る舞いを見せた。だから、初対面の就活生(サクリファイスと読む)も、能無しの人事部や幹部陣どもも、迷わず私に「明るく健全な狂人」の太鼓判を押した。何度「コメディアンになる気はないの?」という、考えなしの言葉を掛けられたことか。ばかやろう、狂人にコメディアンが務まるとでも思いでか。狂人のふりが上手い賢者をコメディアンというんだ。

 


今、女性は青白い顔の月である。そりゃ残念だ。私はアウトドア嫌いの出不精だが、生まれつき顔色が非常に良い。労働苦役のストレスから解放されたおかげで肌はつやつや光っているし、女性を青白い月たらしめている社会への憎悪が、日々フレアのように爆発している。全身怒りの火だるまとなって、酸素を燃焼させるとき、私は明るく快活に見えるかもしれないが、もうポジティブなる狂気で自分と周囲を騙くらかす必要もないの。


数少ない、学生時代より尊敬するわが先輩が、あらためて私に与えてくれた名は「フラッシュ」。私は膝を叩いて納得し、この名を喜んで受け取った。
太陽に擬態することで、自己顕示欲を我が物にした躁病者は死んだ!死んでるよね?頼むから死んでますように。

見ての通りこの世はあまりにも冷血で、お寒い。でも、この身を焦がしながら暖かく降り注いでやるのは終わりだ。私は憎しみの炎で自分の体を温める。最後の一瞬、まばゆい光となって社会を照らし、あなたの目を開くことができるなら、いつ肉体が滅びたって構わない。